4. 宇宙の起源

― 力と量子、宇宙のはじまり ―

量子の世界では、物質に働く力も量子です。この宇宙の姿とも関係する「力を伝える量子」を解明することは、現代物理学の見果てぬ夢です。

自然界の4つの基本的な力と、量子

 この世界は物質だけで成り立つのではなく、物質と物質の間に働く「力」も自然界を構成する不可欠な要素です。この力もまた、実は量子なのです。
 自然界に存在する様々な力は、「重力」、「電磁気力」、「強い力」、「弱い力」の4つに分類できます。重力は重さを持つ物質同士が引き付けあう力で、物が地面に落ちたり月が地球を回ったりする原因です。一方で、電磁気力は、電気を帯びたものや磁石に働く力で、手で壁を押す力なども電磁気力に由来します。強い力と弱い力は原子よりも小さい世界で働く力で、物質が安定して存在するために不可欠な力です。
 これらの力は、物質の間で特定の量子を受け渡しすることで生じます。例えば電磁気力の場合は、2つの物質の間で「光子」を受け渡しすることで電磁気力が働くのです。光子は量子技術の主役の1つですが、元々は電磁気力を伝える量子として理解が進んできました。同様に、強い力はグルーオン、そして弱い力はWボソンとZボソンという量子が力の伝達を担っています。
 物質間に力が働くのは、物質同士で「量子を受け渡し」するからだと解明されたことで、4つの力に対応する異なる量子を1つの理論で統一的に記述できるのではないかという壮大なアイデアが生まれました。この発想の先がけとなったのが、1960年代に提唱された「電弱統一理論」です。これは、電磁気力と弱い力は、実は同じ種類の量子をやり取りすることで生じる、いわば兄弟のような関係にあることを示すものです。電磁気力と弱い力は通常は異なる力ですが、非常に高いエネルギーではその区別が曖昧になり、統一された1つの力として振る舞うことが明らかになったのです。さらに高いエネルギーでは、強い力を加えた3つの力を統一できる可能性があり、多くの物理学者が「大統一理論」の完成に挑んでいます。

重力もまた、量子なの?

 電磁気力・弱い力・強い力の3つの力が兄弟のような関係にあることが分かってくると、残された「重力」も統一できるのでは、という期待が高まります。全ての力を統一する理論は「万物の理論」と呼ばれ、その完成は現代物理学の見果てぬ夢です。
 しかし、重力の量子の解明は全く一筋縄にはいかず、重力が「何らかの量子の受け渡し」で働くのかどうかということさえ、よく分かっていません。これは、重力はその強さによって空間や時間の流れを歪めるという、奇妙な性質を持つためです。例えば、重力が強い場所では、まっすぐ進む光の道さえも曲がり、時間の流れも遅れてしまいます。東京スカイツリーの地上階と展望台では重力の強さがやや異なるため、地上階での1秒は展望台での1秒よりもごくごく僅かに遅いのです。他の3つの力がどれだけ強くても空間や時間が歪むことはなく、唯一、重力だけが我々の住む空間や時間に干渉するのです。
 重力による空間や時間の歪みは通常、ごくごく僅かなので、直接感じることはありません。ところが、この宇宙には、重力によって空間や時間が強く歪んだ天体があります。それがブラックホールです。仮に重力の量子があるとすれば、それはブラックホールの中心付近で重要な役割を果たしていると考えられます。最近では、「量子は情報を伝える」という新しい切り口からブラックホールを調べることで、重力の量子に関するヒントを得ようとする挑戦も進んでいます。
 もし「万物の理論」が完成すれば、重力による時間や空間の歪みさえも量子として取り扱えるようになります。そうなれば、この宇宙に対する我々の理解そのものが大きく変わることでしょう。我々の知的好奇心を刺激し続ける重力と量子の融合は、未知に挑戦する量子の最前線の1つなのです。

力と量子、そして宇宙のはじまり

 「高いエネルギーでは異なる力を区別できない」と書きましたが、具体的にどれくらいのエネルギーでしょうか。電磁気力と弱い力は、温度に換算して1000兆℃(1015℃)程度で区別できなくなります。さらにそれよりも14桁高い温度(1029℃)になれば強い力も区別できなくなり、重力が統一されるとすれば、さらに3桁以上高い温度(1033℃!)でのことだと予想されています。太陽の中心温度が1600万℃(107℃)なので、その途方もない高温ぶりが分かるでしょう。
 このような超高温がこの宇宙で実現することはあるのでしょうか?実は、138億年前に宇宙が誕生した直後は、宇宙全体が極めて高温高密度で、すべての力が統一されていた瞬間があったと予想されています。その超高温状態は、1秒よりもはるかに短い、想像を絶する短時間しか続きませんでした。しかし、その刹那の瞬間に起こった「統一された力の量子のやり取り」の痕跡が、長い年月を経て今日の宇宙の姿に成長し、今の銀河や星が形成されたと考えられています。力を伝える量子の統一理論の完成は、「どうして宇宙がこういう姿なのか」という深遠な問いに答えることにもつながるのです。
 量子という小さな世界のパズルを1つ1つ組み合わせていくと、宇宙という壮大な絵が浮かび上がってきました。人類の知的好奇心は、常に予想をはるかに超える展開を見せてくれますね。

中田芳史
執筆:中田 芳史(京都大学 基礎物理学研究所)