3. 新物理の発見・解明

― 見えない暗黒物質を量子で見る ―

暗黒物質の正体は物理学における最大級の謎です。最先端の量子技術を駆使して暗黒物質の発見を目指すプロジェクトが始まっています。

宇宙の主役、暗黒物質とは?

 私たちの宇宙には、目に見える星やガスなどでは説明できない「謎の重力源」が存在することが知られています。これは暗黒物質(ダークマター)と呼ばれています。暗黒物質は光などの電磁波をほとんど反射しないため、通常の望遠鏡などでは直接見ることができず、その正体は謎のままです。
 わからないことだらけの暗黒物質ですが、長年の研究によって宇宙や生命の誕生にはなくてはならない存在であることがわかってきました。例えば銀河や星などは暗黒物質の持つ重力がないと集まれず散り散りになってしまいます。つまり、暗黒物質がなければ地球は生まれず、私たちの生命はそもそも存在し得なかったのです。さらに宇宙全体でみると、暗黒物質は通常の物質の5倍もあることがわかっています。宇宙全体で見れば私たち生命や地球は少数派であり、暗黒物質が主役なのです。

物理学者が追い詰めてきた暗黒物質の足跡

 地動説から宇宙膨張の発見に至るまで、物理学者は地球にいながら知恵を絞って宇宙を観察し、数学的に解析することで宇宙の理解を深めてきました。宇宙の見方を変える暗黒物質の発見は、現代の物理学者にとって夢であり、宇宙を舞台にした宝探しとも言えるでしょう。
 暗黒物質の大問題は、望遠鏡など通常の方法では見つけられないということです。いったいどのようにすれば暗黒物質を発見できるのでしょうか?この解決の糸口は理論物理学者によって見出されました。数十年に渡り、宇宙の観察や物質に働く力の解析をした結果、アクシオンと呼ばれる新しい粒子があると暗黒物質を説明できるということがわかってきたのです。このアクシオンの場合、実は暗黒物質は完全に見えないのではなく、かすかにマイクロ波(電子レンジやWiFiと同じような電磁波の1種)を発することが理論的に示唆されました。発見への道筋が立ってきたのです。

暗黒物質探索の最先端: 量子技術との関わり

 物理学者は暗黒物質が放つ極めて小さなマイクロ波を観測するため、世界一感度の高い検出器を作ってきました。これまで最も感度の高い検出器では、月からスマホのための電波を捉えられるほどに高感度です。これほど感度が高いものの、発見にはまだ感度が足りず、新しい方法や技術が求められています。様々な方法がありますが、近年最も注目されているのは量子技術の1つである超伝導量子コンピュータの原理を応用した方法です。
 超伝導量子コンピュータでは、とてもエネルギーの小さいマイクロ波で量子コンピュータの0と1を操作します。ここで暗黒物質はとても弱いマイクロ波を出す可能性があることを思い出してください。もし、量子コンピュータの操作をなにもしていないときに、勝手に0から1に動き出したら、それはひょっとして暗黒物質を見ているのかもしれません。さらに量子コンピュータが普通のコンピュータより優れている要素の1つである量子もつれを利用するとより感度が大きくなる可能性があり、活発に研究が進んでいます。
 このように人類の叡智とも言える量子技術は今、暗黒物質探索にまで役立とうとしています。暗黒物質探索の研究は量子コンピュータの開発と並行して急ピッチで進んでいます。物理学者の夢である暗黒物質を「見る」ことができる日は近いかもしれません。

新田龍海
執筆:新田 龍海(東京大学 素粒子物理国際研究センター)