2. 量子の仲間たち

ここでは、これまでに人類が量子性の観測あるいは量子状態の制御にどのようにして成功したかをおおまかに紹介します。 そのなかで「量子の仲間」を太字で書いていきます。
なお、QEd量子技術教育プログラムのサイトに詳細がまとまっているのでこちらも参照してみてください。

量子性はあまねくあるが、隠されている

 万物は量子性を持つ、というと言い過ぎかもしれませんが、少なくともこの世界の物質を形作る素粒子と呼ばれるものはすべて量子性をもちます。 その素粒子が何十個も集まってできた原子・分子なども量子性をしめすことが実験で確かめられています。 そして原子や分子が集まった固体の特定のふるまいにも量子性を見出すことができます。 私たちが住んでいるのはそんな量子性をもつものたちでできている世界です。  それにもかかわらず、「量子的なふるまい」や「量子力学のルールにのっとって起こる現象」は不思議というか、想像がつかないでしょう。 というのも、重ね合わせ状態や量子もつれといった量子的な振る舞いが日常において全く見られないからです※1。 これがなぜかというと、誤解を恐れずに言うならものが集まれば集まるほど1個1個の運動や向きといった状態がばらばらになりがちだからです。ものの量子性を見るということを、粒子にたいして波動の性質を、波動に対して粒子の性質を見るということだとするなら、粒子全体がそれなりに波っぽくふるまわないといけません。 しかし我々の周りにあるものがそのようにふるまうためには100,000,000,000,000,000,000,000個よりもたくさんの原子の状態がそろわなくてはなりません。 これが実現されるためには我々の世界は「熱すぎる」し、周りにモノがありすぎるのです。

※1:固体の電気伝導や比熱などの理解にはもちろん量子力学が不可欠だが、その知見を日常とは呼べないので割愛している。

量子性をみるには?

 そのようなわけで量子的なふるまいを見るのは到底無理そうに思えますが人類はこれを克服するために大きく分けて2つ方法を編み出しました。 まず原子や光子などを1個だけ周りから切り離してみるということをするのが1つ目の方法です。 光子の場合はひとりでに飛んできた極度に弱い光をものすごく暗い(関係のない光が飛んでこない)場所で検出するという手法を使います。 原子の場合は原子ひとつを光ピンセットというもので真空中に浮かす、あるいは原子のイオンを電場で浮かします。 そうすれば、ふわふわ浮かんだ原子やイオンは量子的な性質を発揮しやすくなるのです。 原子の中心にある原子核は小さな磁石であり、これは周囲にある電子や原子の影響を受けにくいものです。 そのため、液体や固体の中の原子核の磁石としての性質は量子的に観測・制御でき、生活のなかではMRIなどの医療技術にも応用されています。

 もう1つの方法は、大量の原子や電子の状態のばらつきの原因である熱を奪う、つまり低温に冷却することです。 代表的な例として超伝導現象があります。 低温では、さまざまな過程を経て超伝導体中の電子が大きな波として量子的にふるまうことが分かっています。 その電子の波の状態を使って超伝導量子回路で量子ビットを作ることができます。 ほかにも結晶中に埋められた原子のような構造(量子欠陥と呼ばれる)も、周りに詰まっている原子たちが「静か」になる低温では原子のように量子的にふるまうことが知られています。 量子のようにふるまってもらうためには、うまく埋め込む結晶を選ぶ必要があります。 量子のようにふるまってもらう実際の成功例はダイヤモンドやシリコンなどです。

 低温にすれば量子的なふるまいが見えるものはほかにもあります。 たとえばマイクロメートルサイズのトランポリンのような構造を作り、その機械振動を冷却すると量子的なふるまいをすることが知られています。また、磁石でも量子的なふるまいを見ることができます。 磁石は電子という小さな磁石(電子スピン)の向きが規則正しく並んでいるものですが、この電子という磁石がさざ波のように揺れるスピン波も、極低温では量子的な性質があらわになります。

「量子の仲間」を集めてつなぐ

 大きく分けてこれらの2つの方法、場合によっては2つの組み合わせによって人類は量子的に観測・制御できるものを現在も探求しつづけています。 はじめに我々の世界ではたくさんのものが集まってひとつの量子的な状態を作るのはほぼ無理であることを述べましたが、実はこれを実現しようというのが量子コンピュータや量子インターネットといった量子技術なのです。 日常に比べると小さなスケールではありますがたくさんの「量子の仲間」を集めてひとつの大きな量子系として扱うことができるようになってきています。 平たく言えば、量子コンピュータや量子インターネットは大きくて複雑な量子系を完全に制御できる形にするという夢のような話なのです。

長田有登
執筆:長田 有登(大阪大学)