9. 量子はコピーできない9. 量子はコピーできない

量子の振る舞いは、重ね合わせや量子もつれといった量子状態の変化によって表現されます。さて、ある1つの量子がとある量子状態にあったとして、それをその他の量子へコピーすることはできるでしょうか。

量子力学、波動関数(量子状態)の変化

 ものに力を与えたり、電場や磁場を加えた時にどのように振る舞い、何が起こるか。それを統一的に説明・理解しようとする学問が物理学、とくにその中の力学です。 他のコンテンツにあるように、少し不思議な振る舞いをする「量子」を対象とした物理学を量子力学と呼びます。 量子力学では、たとえば、ものがどこにあるという位置の情報を波動関数(量子状態)と呼ばれる「波」によって表現します。量子は、重ね合わせが可能ですから、異なる場所に同時に存在できます。 この性質は波動関数によって表されます。 重ね合わせ状態は、測定をすることで、場所が確定します。 ですが、どの場所にいるかは確率的になります。そこで、量子がいる確率が高い場所に大きな振幅をもち、量子がいる確率が低い場所に小さな振幅をもつ、それが波動関数です。波動関数は、量子が「どこにいるか」という状態を表しています。量子力学が扱う対象は位置だけではないので、より一般的に以降ではこれを量子状態と呼ぶことにします。量子力学では、シュレーディンガー方程式によって、この量子状態がどのように変化するかがまとめられています。

量子力学の可逆性

 量子力学の大きな特徴の1つに、量子状態の変化の可逆性があります。シュレーディンガー方程式によると、異なる量子状態は互いに異なる量子状態に変化します。そのため、この変化を逆にたどれば、変化後の量子状態から変化前の量子状態がわかります。このように、過去を辿る(たどる)ことができる性質を可逆性と呼びます。

コピー不可能性

 それでは、量子状態のコピーが可能であるかを考えてみましょう。まず、どんな量子状態でもコピーできるとします。ここに、コピーしたい量子状態にある量子Aと、コピー先の量子Bという2つの量子があるとします。量子状態がコピーできるとしているので、コピーによって、量子Aと量子Bは同じ量子状態になります。図1を見てみましょう。ψと名付けた量子状態を量子Aから量子Bにコピーしています。

図1:量子状態Ψをコピーする

 それでは、このコピー操作後から、コピー操作前の過去に量子Bがどのような状態にあったかを知ることができるでしょうか。いま、どんな量子状態もコピーできるとしているので、量子Bがどんな状態であっても、最終的に量子Bは量子Aの量子状態ψにならなければなりません。量子Bがどんな状態であっても、最終状態は同じですから、コピー後から量子Bの過去を知ることはできないと言えます。これは、「量子力学が可逆である」という性質を破ってしまっているので、シュレーディンガー方程式による変化では、こうしたコピー操作はできないと言えます。

量子状態がコピーできてしまうと?

 これまでに、量子状態がコピーできないことを説明してきました。それでは、もし量子状態がコピーできてしまうと、何が起きるのでしょうか。最後にその変な世界に触れておこうと思います。
 他のコンテンツで触れられているように、量子状態には「量子もつれ状態」と呼ばれる不思議な状態があります。量子もつれ状態では、2つの量子状態の間に関係があって、片方の量子状態から、もう片方の量子状態を知ることができて、さらに、片方の量子状態を操作すると、もう片方の量子状態も変化しているように見えます。ここで量子状態がコピーできるとしましょう。量子もつれにある量子Aと量子Bのうち、量子Bのコピーをたくさん用意しておきます。すると、そのたくさんのコピーたちを観測することで、量子Aへどんな操作をしたかを知ることができることになります。もっと不思議なことに、量子Aへどんな操作をするかも事前にわかってしまうのです。つまり、量子状態がコピーできてしまうと、相手が何をするかが事前にわかってしまう非常に変なことが起こってしまうことが分かります。

野口篤史
執筆:野口 篤史(東京大学・理化学研究所)