3. 冷却原子

― レーザーで原子を冷やす ―

光を当てたらものが温まるのは当たり前だと思っていませんか?実は、レーザー光を使うと、原子や分子を冷やすことができます。しかも、到達できる温度はほぼ絶対零度(摂氏マイナス273度)!そして、こんなに冷えた原子だからこそできることがいろいろとあるのです。

光でものを冷やす?!

 真夏の太陽の下にいたら暑くてたまらなくなって日陰に逃げ込んだ、という経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。そして、そのような経験から、光が当たるとものが温まるということを知っているのではないでしょうか。
 温度とは、「もの」を形作っている原子や分子の運動の激しさを表す量です。そして、光が当たるとものが温まるのは、その原子や分子が光のエネルギーを吸収することによって運動が激しくなるからです。ですから「光が当たるとものが温まる」というのは自然なことなのです。ところが、レーザー光と呼ばれる特別な光を上手に使うと、もの(原子や分子)を冷やすことができます。

太陽

原子や分子に光をぶつける

 温度の高い気体では原子や分子は高速で飛び回っていて、温度が低ければゆっくりと飛び回っています。つまり、飛び回っている原子や分子を減速させることができれば、原子や分子を冷やしたことになります。

バスケットボールと野球ボール

 向こうから高速で飛んできたバスケットボールに、ちょうど向かい合うように野球ボールをぶつけることができたら、バスケットボールの速さを少し遅くすることができますよね?同じバスケットボールに、ピッチングマシンを使って次々に野球ボールをぶつけたら、バスケットボールはどんどん遅くなるでしょう(バスケットボールが地面に落ちてしまうまでは)。光は波と粒の性質を同時に持っているのですが、飛んできたバスケットボールに逆向きに野球ボールをぶつけるのと同じように、飛んでいる原子や分子に逆向きに光の粒(「光子」と呼ばれます)をぶつけ続けることで、原子や分子を減速させることができます。レーザー光は、ピッチングマシンの野球ボールのように、同じ向きに進むたくさんの光子でできているので、レーザー光を使うことで、原子や分子を大幅に減速させることができます。
 室温の空気中では、窒素分子や酸素分子は、毎秒500メートルくらいで飛んでいます。これは時速に直すと毎時1800キロメートルくらいです。飛行機の最大速さは毎時900キロメートル程度と言われていますから、室温の空気中の窒素分子や酸素分子は飛行機のちょうど2倍くらいの速さで飛び回っていることになります。物質の種類にもよりますが、レーザー光を使うと、室温で毎秒数百メートルで飛び回っている原子を毎秒数センチメートルまで減速させることができ、このとき原子は絶対零度(摂氏マイナス273度)よりも0.00001度くらいしか高くない、というとても低い温度にまで達します。

冷えた原子の使い道

 このようにしてレーザー光で冷やされた原子は、皆さんが使っている電波時計の時刻を決めるのに使われています。また、冷えた原子はとてもゆっくり進むため、磁場や光で作った容器の中に閉じ込めることができます。磁場の容器に閉じ込めると、原子をさらに冷やすことができて、これを使って重力センサなどを作ることができます。また、レーザー光をレンズで集光した焦点に、冷えた原子を捕まえることもできます。これは光ピンセットと呼ばれ、これを使うと原子を1個ずつつまんで動かすことができます。この技術によって、現在最も量子ビット数が多い量子コンピュータが実現しています。

丹治 はるか
執筆:丹治 はるか(電気通信大学 レーザー新世代研究センター)