3. 量子通信

インターネットをつかって、スマホやタブレットなどのコンピュータで情報を通信してやりとりするときには、0か1になるビットをたくさん並べた数字の配列(ビット列)で情報を送ります。 量子通信の場合は、量子コンピュータでも主役の0と1の重ね合わせ状態になる量子ビットをたくさん並べた量子ビット列を使います。 この量子ビットを離れたところに送って、いろいろな情報処理をする量子通信の方法(プロトコル)がこれまで考えられています。 インターネットを安全にしたり、大容量化したりするプロトコルなどです。 さらに、量子コンピュータがつながった、量子インターネットなども考えられています。

絶対に破れない暗号 〜量子暗号通信〜

 量子通信のはじまりとして有名なのは、1984年にBennettとBrassardが提案したBB84と呼ばれる量子暗号通信のプロトコルです。 インターネットでメールなどのメッセージは、0と1の数字が並んだビット列で表されて、送信されます。 アリスさんは、そのメッセージを他人に読まれないようにするために、暗号化します。この暗号化の方法の1つに、秘密鍵と呼ばれる乱数列(0と1がランダムに並んだビット列)を使う秘密鍵暗号と呼ばれる方法があります。 メッセージと秘密鍵に使われるビット列を混ぜて、メッセージをわからなくします。 この暗号化されたメッセージをうけとったボブさんは、同じ秘密鍵を使って、メッセージを解読します。 うまく解読できるためには、同じ秘密鍵をあらかじめ持っておく必要があります。 この秘密鍵の受け渡しに使うのが、BB84プロトコルです。遠くに送るために、量子ビットには光子が使われます。
 BB84プロトコルでは、アリスさんがたくさんの量子ビットに秘密鍵の情報を書き込んで、それをボブさんに送ります。 ボブさんは、量子ビットを測って、秘密鍵の情報を読み出します。書き込み方法と読み出し方法が、それぞれ2つあって、二重スリット実験の波の干渉と粒子の観測に対応しています。 この波と粒子の二重性のおかげで、秘密鍵を盗もうとする盗聴者がいると、観測結果が乱れて、アリスさんとボブさんが気づくことができます。 秘密鍵が盗まれたことがわかったら、メッセージを送らなければいいので、安全です。 量子コンピュータで盗聴しようとしても、気づかれずに盗聴することができないことが証明されています。

量子もつれは神様にも秘密

 アリスとボブが量子もつれの量子ビットを共有していると、その関係を使って、秘密鍵を読み出すことができます。 実は、この量子もつれ状態は、アリスとボブ以外には、この宇宙のどことも関係を持たないことが量子力学からわかるので、「神様」にも秘密のメッセージのやり取りができているかもしれないのです。

量子コンピュータの大規模化

 離れたところで共有されている量子もつれを使うと、インターネットの大容量化ができたり、量子テレポーテーションを使って、たくさんの量子コンピュータを1つの大きな量子コンピュータとして使うことができます。

量子通信の実現

 実際に光子の量子ビットを送る実験が世界中で行われています。日本でも、2010年に、東京QKDネットワークと呼ばれる量子暗号通信網が東京都内で始まりました。50km程度を光ファイバーで繋いだネットワークで、複数の日本企業が開発した量子暗号装置を現在までテストしています。通信距離も拡大中です。
 さらに長距離に量子通信を行うために、地球上を回る人工衛星に量子もつれの光源をのせて、それから地上に向けて光子を送信する衛星量子通信の実験も行われています。地上では、天体望遠鏡をつかって、送られてきた光子を集めて、高性能な光子検出器で受信するシステムです。すでに、2000kmを超える距離でも量子もつれを送ることができています。このような、非常に高感度な光子の送受信は、量子通信だけなく、将来の火星との通信にも利用されようとしています。

Q&A

 Q1: 名前がアリスとかボブなのはなぜなの?
 A1: 登場する人の頭文字のアルファベット順に名前をつける習慣があるので、アリス(Alice)、ボブ(Bob)、チャーリ(Charlie)のような名前になっているよ。盗聴者はイブ(Eve)と呼ばれることが多いよ。
 
 Q2: 秘密鍵が盗まれたら、通信ができなくなるけど困らないの?
 A2: 盗聴者は気づかれずにメッセージを読みたいので、盗聴者も困ってしまう。結局、気づかれない盗聴を目指すしかなくなるけど、そんな方法は存在しないことが量子力学で証明できるよ。

山本俊
執筆:山本 俊(大阪大学 大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター)