5. 量子標準

― 正確な測定に貢献する量子 ―

身長164.0cm、50m走7.8秒、1.5Vの単三乾電池、気温は25℃などなど普段生活している身の回りにはいろいろな単位があります。身近な生活の中にも実は量子論はすでに入り込んでいます。

計測の大切さ

 身の回りには、単位がついた量であふれています。皆さんの1日の会話の中にも当然のように入ってきていると思います。「ゲームは1時間まで!」とか。さて、この1時間を皆さんはどのように測りますか。お父さん、お母さんとしては1秒も超過させたくないし、皆さんは1秒でも早くは終わらせたくない。つまり1時間ちょうどに終わらせることが、親子の平和を保つ唯一の方法です。
 親子の平和維持のためだけではなく、測定を正確に行う事はとても大事な事です。部品の大きさを正しく測定できなければ、組立の際に部品が入らないという事も起こりえます。1つ1つの部品のわずかなズレは、どんどん積み上がり最終的には大きなズレになってしまいます。4000年も前より人類は、計測の重要性に気付いていました。ピラミッドの美しさは、正確な計測の現れです。
 さて1時間は3600秒ですが、誰のスマホで測りましょうか。お父さんのでいいですか。そもそも皆さんのスマホの1秒とお父さんのスマホの1秒は同じ長さでしょうか。どうしてそう思いますか。メーカーが違っていても?

標準の大切さ

 メーカーごとはもちろん、世界的にも単位を共有しないといろいろ不都合なことがおきてしまいます。 このような単位の基準となるものを(計量)標準と言います。 例えば、1秒の長さはセシウム原子の超微細構造間遷移の周波数を基準に定められて(定義されて)います。 超微細構造というのは、原子のミクロな構造に起因します。 原子時計とは、このような原子のミクロな構造を利用して実現する正確な時計です。 非常に高精度な原子時計では、上記の定義に基づき16桁の精度で1秒(誤解を恐れず言うならば1.000 000 000 000 000 秒)を実現することが可能です。 実は、時間(もしくはその逆数である周波数)という物理量は人類が最も正確に実現し計測できる物理量です。 近年では光格子時計や単一イオン時計といった原子時計を使う事で18桁から19桁の精度が実証されています。 そして、このようなより精度の高い原子時計を使って1秒を実現するために、秒の定義を更新(再定義)しようという動きがありますが、新たな定義においても1秒の定義に原子の量子力学的性質を利用する事には変わらないでしょう。

量子力学の標準への貢献

 20世紀に発展した物理(量子論と相対論)を、それ以前の物理学(古典物理学)と区別し、現代物理学と呼びます。 現代物理学は人類の自然観を一変させました。 原子を構成する電子のエネルギーは“とびとび”(離散的)であり、特定のエネルギーしか許されないことが分かりました。 また光のエネルギーには波長ごとに最小単位があり、そのエネルギーは離散的になります。 今まで連続的な量だと思っていた物理量が離散的になることが分かったのです。 量子論はこのような実験事実を説明するために登場しました。
 このとびとびの性質は、計量標準に用いると大変都合がよいことが分かります。 リンゴの量を測るために体積を使うよりは個数で数えたほうが(リンゴの大きさが揃っているならば)正確に定義ができます。 ここでのリンゴの大きさは、神様がすでに決めてくれていて量子論を信じる限り正確です。  さきほど紹介した原子時計が精密な理由は、原子の取りうるエネルギーが離散的であり、光のエネルギーがその波長(周波数)によって決まるという量子論的性質を利用しています。その他にも、ジョセフソン効果や量子ホール効果という量子論的な効果が現れる人工的な構造物を使って非常に精密な電圧や抵抗を実現することが可能です。
 もちろん、ゲームの時間をそれほど正確に測る必要はないでしょう。しかし、みちびきやGPSなどに代表される全球衛星測位システムは、原子時計による正確な時計によって維持されています。秒の定義が更新され、より精度の高い1秒が共有されるようになると、もっと便利な社会が訪れると期待されます。
 さて、科学者たちは量子論や相対論の正しさを根拠に正確な計量標準を実現し、日々発展させています。一方で、そのような究極の計量標準を用いて自然現象を精密に計測することで現代物理学(量子論や相対論)では説明できない現象が見つかれば、これほど面白いことはないと思いませんか。

赤松大輔
執筆:赤松 大輔(横浜国立大学)