― 生命現象の解明:量子生命科学 ―
鳥は磁場を見る!? 植物は迷路を瞬時に解く!?そんな不思議を可能にする量子は私たちの体内でも大活躍。生命と量子がつながる新しい世界の探求。
鳥は磁場を見る!? 植物は迷路を瞬時に解く!?そんな不思議を可能にする量子は私たちの体内でも大活躍。生命と量子がつながる新しい世界の探求。
みなさんは「量子」と聞いて、どんなイメージを思い浮かべますか? とても小さくて、不思議なルールで動く世界…という印象かもしれません。実際、量子力学では、光や電子などの粒子は「重ね合わせ」や「量子テレポテーション」のような、不思議なふるまいを示します。ところが、そうした量子の性質が、意外にも私たちの身近にある生き物の中で大きな役割を果たしているかもしれないのです。
たとえば、植物や一部のバクテリアが光合成を行うとき、FMO(フェナ–マシューズ–オルソン)複合体という部分で「量子コヒーレンス」を伴う反応が起こると考えられています。量子コヒーレンスとは、「量子」というとても小さな世界のものが、いくつもの状態を同時に持ちつつ、そのタイミングがずれないまま進むことです。光合成では、この量子コヒーレンスのおかげで、光のエネルギーがいろいろな道を同時に試して、その結果、もっともスムーズに反応中心へ届くルートにたどり着きやすくなると考えられています。わかりやすいイメージでいうと、「迷路を一瞬で全部試して、いちばん早くゴールできる道を選んでしまう」ようなものです。もちろん、実際には「道」を選んでいるわけではなく、量子特有の「同時に重ね合わさる」性質によって効率が高まっている、というわけです。このようにして、光合成を行うときに光から得たエネルギーをロスなく反応中心へ運ぶことができると考えられています。古典的な計算だけでは説明しにくい高い効率を、量子の働きが支えているというわけです。
また、渡り鳥が地球の磁場を感じて渡りをする仕組みにも、量子効果が関わっているという仮説があります。これには、鳥の目の中にある「クリプトクロム」というタンパク質で「ラジカルペア」が生じることが関係していると言われています。分子の中の電子は、靴が左右そろっているように、2つで1組になることで安定します。ところが、はぐれ靴ができてしまうように、相棒を失った電子があると、分子は不安定になりやすい性質を持ちます。こうした相棒を失った電子を「ラジカル」と呼びます。そして、鳥の目にあるクリプトクロムでは、「トリプトファン」という分子のラジカルと、「FAD」という分子のラジカルが同時に存在(ラジカルペアの状態になる)し、その性質は地球の磁力線によって変化します。こうした仕組みを目の中に持つことで、ヨーロッパコマドリのような渡り鳥は、地球の磁場の方向を目で見ることができるのではないかと考えられています。
さらに、私たちの体内で行われる酵素反応でも、「量子トンネリング」という現象が役立っているという説があります。量子トンネリングとは、本来なら越えられないエネルギーの壁を、粒子がすり抜けるように移動するふしぎな仕組みです。たとえば、ふつう化学反応が起こるためには、分子が「エネルギーの壁」を乗り越えるだけの力(高い温度など)が必要です。ところが、量子トンネリングが起こると、この壁をまるで「抜け道」のようにすり抜けることができるため、反応が進みやすくなります。このようにして、生物の体温のような低い温度でも、必要な反応がスムーズに起こっている可能性があると言われています。
こうして見てみると、まったく違う生き物が、それぞれまったく別の「量子」のしくみをうまく使っているのがわかります。光合成の「量子コヒーレンス」、渡り鳥の「ラジカルペア」、そして酵素反応の「量子トンネリング」—どれも一見すると無関係に思える生命現象なのに、それぞれに異なる量子効果が関係しているのです。これは、「量子のふしぎな力が、実はあちこちの生き物やいろいろな反応に広く働いているかもしれない」ということを暗示しています。量子力学は難しそうですが、もしかすると私たちの体や自然界でも、まだ見ぬ量子現象がたくさん活躍しているかもしれません。こうした発見は量子生命科学と呼ばれる新しい研究分野でさらに進められています。研究が進めば進むほど、生命と量子のつながりはますますおもしろくなっていくでしょう。私たちが見ている世界が、また大きく変わるかもしれません。